ホルスタインの赤白班を発現する3種の遺伝メカニズム


1. はじめに

 我が国のホルスタイン登録規定では、血統登録の申し込み時に当該牛の毛色が黒白斑(B&W)または赤白斑(R&W)を明らかにしておかなければなりません。ホルスタインの黒白斑と赤白斑は100%遺伝的要因によって決定する形質であり、一般的遺伝様式では赤色が黒色に対して劣性遺伝する関係にあります。それ故、表現型では黒白斑であっても、赤色毛遺伝子を保因している個体もいるはずです。このような個体は、表現型が黒白斑であっても、赤色毛遺伝子を次の世代に伝達する能力があるということで、赤色毛遺伝子のキャリアー(Carrier)または日本語で保因牛とよばれています。


 日本では、以前から社団法人家畜改良事業団の遺伝検査部において赤色毛の遺伝子型検査が行われてきましたが、その遺伝子の情報に関しては、血統登録へ反映させてはいませんでした。しかし、平成24年度からは、血統登録証明書に赤色毛遺伝子の保因の有無を表示する方向で検討がすすめられています。また、赤色毛遺伝子の検査結果が登録データの中で十分に集積されれば、日本のホルスタイン集団において、どのくらいの頻度で赤色毛遺伝子が分布しているかもわかるようになります。 今回、日本の血統登録の中で情報の公開を予定している赤色毛遺伝子は、一般に良く知られた遺伝子が対象です。しかし、表現型として赤白斑を発現する遺伝様式は、これを含めて、現在のところ3種類が確認されています。ここでは、赤白斑を発現する3種類の遺伝メカニズムについて紹介します。


2. 黒白斑と赤白斑の基本的なメカニズム

 一般的な黒白斑と赤白斑の表現型は、メンデルの法則によって遺伝する形質ですが、単一の遺伝子座に存在する対立遺伝子Bとrの組み合わせによって決定するので、人間のABO血液型の遺伝(複対立遺伝)よりも単純なメカニズムによって遺伝します。ここで、Bは黒色毛遺伝子、rは赤色毛遺伝子であり、Bはrに対して優性な関係にある遺伝子です。黒白斑を発現する個体はBBとBrの2種類の遺伝子型が存在する一方で、赤白斑を発現する個体の遺伝子型はrrの1種類しかありません。遺伝子型Brの個体は、r遺伝子を持っていますが、rはBに対して劣性なので、表現型は黒白斑になるわけです。また、遺伝子型がBrの個体は、表現型が黒白斑で、赤色毛遺伝子rの保因牛とよばれています。


 図1には、黒白斑と赤白斑の一般的な遺伝様式を示しました。両親が黒白斑でありながら、赤白斑の子牛が生産される可能性があるのは交配様式6の事例です。この場合は1/4の確率で赤白斑の子牛が生まれる可能性があります。交配様式5によって生産される子牛はすべて黒白斑であり、赤白斑の子牛は決して生まれません。しかし、この交配では1/2の確率でr遺伝子を保因する子牛が生産されます。また、父牛が黒白斑、母牛が赤白班の場合は、少なからず赤白班の子牛が生産されるような感じがしますが、交配様式2のような事例でわかるように、すべての子牛の表現型は黒白斑になると同時にすべてがr遺伝子の保因牛となります。


図1.黒白斑と赤白斑の一般的な遺伝様式


3. 赤から黒へ、毛色を変える遺伝子の発見

 1970年代、毛色を変化させる驚くべき遺伝子がロイブルック テルスター(Roybrook Telstar, CAN288790, JPN40971)から発見されました。この種雄牛は1963年生まれの黒白斑牛なのですが、彼の子牛の中には赤白斑として生まれたのに数か月後には黒白斑になってしまうという不思議な子牛がいたのです。この毛色の変化は遺伝子によることが判明し、現在ではこの遺伝子をブラックレッド(Black/Red: 黒/赤)またはテルスターレッド(Telstar/Red)と呼んでいます。ブラックレッドを表現型として持つテルスターの息子牛の中で、もっとも有名な種雄牛は、ハノーバーヒル トリプル スレット レッド(Hanover-Hill Triple Threat-Red, USA1629391)です(写真1)。この種雄牛は名号の末尾に「レッド」と記されているとおり、生まれた時は赤白斑牛でした(写真1)。米国の人工授精所であるABSは、1972年のハノーバーヒルセールにおいて、トリプル スレットを6万ドルで購入し、すぐさま授精所の牛舎に移送したのですが、到着する頃にはすでに黒白斑になっていたといわれています。さらに、トリプル スレットは、真の赤色毛遺伝子(r遺伝子)の保因牛でもありました。このr遺伝子はABC リフレクション ソブリン(ABC Reflection Sovereign, CAN198998)の系統につながる母方祖母牛のジョーンズ ラッキーバーブ(Johns Lucky Barb, USA5346974)から伝達されたものです。テルスターからは、その後トリプル スレット以外にも、アストロ ジェット(BRIDON ASTRO JET ET, CAN349040)、インスピレーション(HANOVER-HILL INSPIRATION, CAN363162)、チャールズ(BOULET CHARLES ET, CAN395671)およびストーム(MAUGHLIN STORM , CAN5457798)などの優秀な種雄牛が輩出され、ブラックレッド遺伝子が拡散していきました。


ハノーバーヒル トリプル スレット レッド(USA1629391)

写真1.ブラックレッド遺伝子Tと真の赤色毛遺伝子rを持つハノーバーヒル トリプル スレット レッド(USA1629391)


 ここで、ブラックレッド遺伝子をTという記号を使用し、その伝達メカニズムを説明しましょう。TはBとrの遺伝子座と同じ位置に存在します。同じ遺伝子座に3種の遺伝子が存在するということは、人間のABO血液型の複対立遺伝子の遺伝メカニズムによく似ています。ただし、ABO血液型における遺伝子の優劣はA = B > Oの関係にあるのに対し、ブラックレッドの遺伝子はB > T > rの優劣関係にあることです。図2には、T遺伝子の遺伝様式を示しました。BはTとrのどちらに対しても優性ですから、黒白斑が発現する個体の遺伝子型はBBの他にBTとBrの合計3種の組み合わせが可能です。一方、Tはrに対して優性ですが、Bに対しては劣性なので、ブラックレッドが発現する個体の遺伝子型はTTまたはTrの2種しかありません。遺伝子型BTの黒白斑牛は、T遺伝子の保因牛です。テルスターは黒白斑だったので、遺伝子型はBTであったはずです。一方、トリプルスレットの母親は黒白班でしたが、ABC リフレクションソブリンのr遺伝子を保因した雌牛だったので、遺伝子型はBrでした。その時の交配は図2の交配様式3であり、トリプルスレットは1/4の確率によってTrという遺伝子型を持つ息子牛として生産されました。

 遺伝子型Trを持つ種雄牛の表現型は、ブラックレッドなのですが、T遺伝子の他にr遺伝子も保因しています。例えば、交配様式5のように、赤白斑の雌牛(rr)と交配した場合、ブラックレッドと赤白斑の子牛が各々1/2の確率で生産されます。また、交配様式6のように、母牛が黒白斑であっても遺伝子型がBrであれば、ブラックレッドと赤白斑がそれぞれ1/4の確率で生産される可能性があります。さらに、この交配によって1/2の確率で黒白斑の子牛も生産されますが、それら黒白斑の子牛はそれぞれ半分ずつの確率でr遺伝子またはT遺伝子を保因しています。


図2.ブラックレッド(黒/赤)遺伝子様式


4. 黒色遺伝子があっても赤白班が現れる不思議な遺伝子

 次の話の発端は、1980年10月にカナダで起こりました。r遺伝子を保因していない黒白斑の種雄牛、ピュージェットサウンド シーク(Puget-Sound Sheik, CAN327279)から赤白斑の娘牛、スリナム シーク ローザベル(Surinam Sheik Rosabel-Red, CAN 3541221)が生まれたのです。すぐさま、彼女の両親が調査されました。彼女の父牛の遺伝子型は明らかにBBであり、r遺伝子を保因していませんでした。母方の血統も調査しましたが、r遺伝子を保因している可能性はゼロでした。しかも、このローザベルは、供用種雄牛の遺伝子型がBB、Brまたはrrのいずれであっても1/2の確率で赤白班の雌牛を生みました。ローザベルの2頭の息子牛、スリナム トレジャー(Surinam Treasure-Red, CAN387109)とスリナム トラザーラ(Surinam Trazarra ET-Red, CAN386895)は赤白斑でしたが、これを黒白斑の雌牛(BB)に供用すると驚くべきことに赤白斑の子牛が生まれ、赤白斑の雌牛(rr)に供用すると反対に黒白斑の子牛が生まれたのです。その後に毛色のDNA検査が可能になり、ローザベルについても詳細な調査が行われました。ローザベルの遺伝子型はBB、その息子のトレジャーもBB、さらにトラザーラはBrの遺伝子型を持っていました。従来の一般的な赤色毛遺伝子の伝達様式を当てはめるならば、ローザベルと2頭の息子牛は黒白斑を発現するはずです。なぜ、赤白斑になったのでしょうか、不思議でした。
 ローザベルとその家系、特にトレジャーとトラザーラからの子孫の毛色が詳細に調査され、その結果、一般的な従来の毛色遺伝子とは独立して伝達される第2の毛色遺伝子が存在することが確かめられました。そして、カナダホルスタイン協会は、この遺伝子を変則的赤色毛遺伝子(Variant Red)と名付けました。ここでは、この遺伝子をVと言う記号を使うことにします。もし当該の個体がV遺伝子を保因しているならば、黒白斑、赤白斑またはブラックレッドの発現を抑えて、すべての表現型が赤白斑になると考えると、この新しい遺伝メカニズムが簡単に説明できることがわかったのです。

 図3には、V遺伝子の伝達様式を示しました。ここで、重要なことは従来の一般的な毛色遺伝子が存在する遺伝子座とは別のところにV遺伝子が存在するということです。B、Tまたはrの各遺伝子が存在する第1の遺伝子座を仮定します。次にこの第1の遺伝子座とは別に独立して子孫に伝達されるV遺伝子が存在する第2の遺伝子座を仮定します。第1の遺伝子座には必ずB、Tまたはrのどれかが存在しますが、第2の遺伝子座にはVがある場合と無い場合が存在します。V遺伝子が無い場合は「-」という記号を使用します。例えば、トレジャーの遺伝子型をBBV-とし、交配様式1から3にしたがって、トレジャーに黒白斑(BB--)、黒白斑(Br--)または赤白斑(rr--)の雌牛を交配したと仮定します。そうすると、交配様式の1から3の違いに関わらず、1/2の確率でV遺伝子が子孫に伝達され、それぞれ黒白斑と赤白斑の子牛が半分づつ生まれる可能性があることがわかります。トラザーラの遺伝子型はBrV-ですが、交配様式4から5の事例はこれに黒白斑(BB--)、黒白斑(Br--)または赤白斑(rr--)の雌牛を交配した場合を示しています。交配様式4から6も、交配様式の1から3と同様に1/2の確率でV遺伝子が子孫に伝達されることがわかります。ただし、トラザーラはr遺伝子を保因していることから、表現型が赤白班になる子牛の確率は交配様式5で62.5%、交配様式6で75%になり、トレジャーが親牛になった場合と比較して赤白班の生まれる確率が多くなります。

  ローザベルのV遺伝子は、突然変異によるものと考えられますが、米国でも非常に類似した遺伝様式を示す個体が出てきました。メープルべイン サプライズ(Maple-Vane Surprise-Red, USA2141664)という種雄牛です。さらに、彼の曾孫に当たる種雄牛サンセットエーカースゼウス-P(Sunset-Acres Zeus-P-Red-TW, USA131138092)も同じような毛色の遺伝様式を示しました。これら2頭の種雄牛は、B遺伝子を保因しながらも、表現型は赤白斑でした。しかもこの2頭を調査しましたが、ローザベルとは全く血縁関係にない個体であることも確かめられました。非常にまれな現象(突然変異)が異なる家系で起こったことになります。

図3.変則的赤色毛(Variant Red)遺伝子の伝達様式


5. WHFFの統一コード

 世界ホルスタイン-フリージアン連盟(WHFF)では、劣性遺伝子の保因牛における情報を登録証明書等に記載する場合、WHFFが決めた世界共通の記号(コード)を使用するよう各国の登録協会に対して勧告を行っています。対象となる劣性遺伝子の多くは致死性を持つ悪性遺伝子ですが、毛色の遺伝子コードも国際調整の対象となっています(表1)。従来の一般的な毛色遺伝子はBがrに対して優性なので、DNA検査は表現型において黒白斑の個体が対象となります。もし、この個体の遺伝子型がBrだとすれば、r遺伝子を保因しているので、「RDC」という記号を使用します。また、BBの場合は、検査の結果、r遺伝子を保因していないということで「RDF」を使用します。

 T遺伝子におけるDNA検査も黒白斑の個体が対象です。Trの遺伝子型を持つ個体は、生後数か月の間に赤白班から黒白斑に変化するのでDNA検査は必要ありません。黒白斑の個体をDNA検査することでBTの遺伝子型が検出されれば、T遺伝子が保因されているので、それを「BRC」という記号で表示します。

 一方、V遺伝子のDNA検査は、赤白斑の個体が対象です。赤白班の表現型が、V遺伝子の影響によるものであれば、「VRC」という記号で表示します。また、B遺伝子は優性ですから、普通であればB遺伝子を持てば、表現型が黒白斑になるのですぐにわかります。しかし、V遺伝子が存在する場合はB遺伝子が存在していても赤白斑を発現します。そこで、このようなケースの場合にDNA検査によってB遺伝子が保因されていると判明した個体は「BKC」という記号で表示することになっています。

表1.世界ホルスタイン-フリージアン連盟(WHFF)による毛色遺伝子の国際統一コード


北海道ホルスタイン農業協同組合 登録部改良課 河原孝吉・後藤裕作


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