1.はじめに
2.重み付けを設定する方法
3.体のサイズ指数の開発
4.乳用性指数の開発
5.肢蹄指数の開発
6.遺伝的トレンド
7.体型指数の分布
日本ホルスタイン登録協会が行う体型審査の中で、遺伝評価の対象となる形質は、5つの体型得点形質と18の線形式体型形質(線形形質)の合計23形質です。体型形質は泌乳能力の7形質と比較すれば非常に多くの形質が遺伝評価されていることがわかります。それ故、体型を改良するためには、多くの形質を把握しながら種雄牛を選抜しなくてはなりません。
乳房の改良には、すでに乳房成分とよばれる指数が利用されています。この指数は乳器と7つの線形形質の各育種価に対し、生産寿命を効率よく延長させるための重みが配分されています。しかし、このような指数は、現在のところ、乳房成分のみしか利用できず、それ以外の例えば体のサイズを改良する指数や肢蹄を総合的に改良するための指数などは開発されていませんでした。そこで、より効率よく体型を改良するための道具として、体のサイズ指数、肢蹄指数および乳用性指数の3種の指数を新たに開発しました。さらに2012年2月上旬発行の交配相談システムから大幅なバージョンアップを行い、その中で上述した3種の指数を種雄牛の選定や交配に利用できるようにしました。
本分析では、主成分分析(principal component analysis)を利用し、各指数を構成する体型形質の重みを推定しました。主成分分析とは、複数の変数間の共分散(または相関)から得られる情報を統合し、新たな総合指標としての合成変数作り出すための統計手法のことです。ここで、複数の変数とは、各種雄牛ごとの複数の体型形質の遺伝評価値のことであり、変数間の共分散または相関からの情報とは、これらの体型形質がお互いにどれだけ関連性(相関)があるかを示す情報を意味しています。少し難しい言葉で説明すれば、主成分分析とは、固有値分解という手法を利用することで、各体型形質に対する重み(ウエイト)を推定し、幾つかの合成変数を作る手法のことです。専門用語では、各形質に対する重みのことを固有ベクトル、合成変数のことを主成分スコア(主成分得点)とよびます。この合成変数は、種雄牛を選定するための各種の体型指数として転用することができます。
重みの付け方、すなわち主成分は、分析に使用した形質数の数だけ推定されますので、当然、合成変数はそれらの形質数分作ることができます。各主成分は、どの程度の情報量から推定されたかを示す数値(これを固有値と言います)によって順番が付けられます。第1主成分として推定された重みからは、もっとも多くの情報量を利用した合成変数が作成されます。また、以下の表中に出てくる寄与率とは、ある主成分の固有値の大きさが、すべての情報の中で、どのくらいの割合を示しているかを表しています。今回開発した3種の体型指数は、各形質間の遺伝分散共分散を使用し、主成分分析によって推定された第1主成分から推定した重み付けを利用しました。
体のサイズ指数の開発には、体貌と骨格、高さ、胸の幅、体の深さおよび坐骨幅の5形質を使用しました。表1には、体のサイズに関係する各形質間の遺伝相関を示しました。各形質間の遺伝相関は、非常に高く、0.953(胸の幅×体の深さ)から0.581(体貌と骨格×坐骨幅)の範囲にありました。表2には、体のサイズに関係する各形質間の遺伝分散共分散から推定した主成分分析の結果を示しました。第1主成分の寄与率は84%を示し、ほとんどが第1主成分で説明できることがわかりました。また、第1主成分(固有ベクトル)は、すべて正の値を示しました。
表3には、第1主成分から推定した体のサイズ指数の重み係数を示しました。体型得点形質(体貌と骨格)と線形形質(4形質)との重み配分は、44%:56%であり、線形形質全体の重みが若干大きい傾向にありました。線形形質の中で、最も大きい重みを配分した形質は、高さの29%(0.56×0.51)でした。体のサイズ指数は、以下のとおりです。
体のサイズ指数
= 0.44×SBVBF + 0.56×(0.51×SBVsta + 0.15×SBVchs + 0.19×SBVdpt + 0.15×SBVpin)
ここで、SBV: 標準化育種価、BF: 体貌と骨格、sta: 高さ、chs:胸の幅、dpt: 体の深さ、pin: 坐骨幅
共進会の出品牛は一般にサイズの大きい牛が多いようです。一方、体のサイズが大きい牛は飼養管理や搾乳管理で支障があり、生産寿命が短いという分析結果が得られています。体のサイズ指数は、比較的大型の娘牛を生産する種雄牛を選定することができますが、反対に小さい娘牛を生産する種雄牛を選定する場合にも利用することができます。
乳用性指数の開発には、乳用強健性、胸の幅、体の深さ、鋭角性および後肢骨質の5形質を使用しました。胸の幅は、乳用牛としての強さを示している線形形質です。体の深さは後肋の深さを評価しているので、後肋の長さや開張度と関係している形質です。鋭角性は肋の方向と開張度および平骨の程度、合計3か所を同時に評価する形質です。後肢骨質は、飛節の鮮明さと管の平骨の程度から鋭角さを間接的に評価する形質です。表4には、乳用性に関係する各形質間の遺伝相関を示しました。後肢骨質は、胸の幅および体の深さとの間に無相関の関係が認められましたが(各々-0.076と-0.009)、それ以外の形質間の遺伝相関は0.956(乳用強健性×鋭角性)から0.511(胸の幅×鋭角性)の範囲にありました。表5には、乳用性に関係する各形質間の遺伝分散共分散から推定した主成分分析の結果を示しました。第1主成分の寄与率は非常に高く81%を示し、ほとんどが第1主成分で説明できることがわかりました。また、第1主成分(固有ベクトル)は、すべて正の値を示しました。
表6には、第1主成分から推定した乳用性指数の重み係数を示しました。体型得点形質(乳用強健性)と線形形質(4形質)との重み配分は、58%:42%であり、体型得点形質の重みが若干大きい傾向にありました。線形形質の中で、比較的大きい重みを配分した形質は、体の深さの18%(0.42×0.42)、胸の幅の13%(0.30×0.42)でした。鋭角性は、乳用強健性でほとんど説明できることから、鋭角性に対する重み付けは非常に小さくなりました。乳用性指数は、具体的に以下のとおりです。
乳用性指数
= 0.58 × SBVDS + 0.42 × (0.30 × SBVchs + 0.42 × SBVdpt + 0.20 × SBVang + 0.08 × SBVbone)
ここで、SBV: 標準化育種価、DS:乳用強健性、chs: 胸の幅、dpt: 体の深さ、ang: 鋭角性、bone: 後肢骨質
乳用性指数は、乳用牛としての強さと鋭角さを遺伝的に評価する指数です。乳用性指数は、乳用牛としての体型的特徴を示した指数であり、特に泌乳能力の改良に伴い改良されてきた形質です。ただし、北海道の牛群検定データの分析から空胎日数と乳用強健性、胸の幅、体の深さおよび鋭角性との間には、それぞれ0.22、0.10、0.18および0.42の低から中程度の遺伝相関が存在することがわかっています。すなわち、乳用性と繁殖性との間には、負の遺伝的関係が示唆されることから、乳用性指数を利用した正の方向への種雄牛の選抜は、注意が必要です。
肢蹄指数の開発には、肢蹄(得点形質)、後肢側望、後肢後望、蹄の角度、蹄踵の厚さおよび後肢骨質の6形質を使用しました。この中で、蹄踵の厚さと後肢骨質は調査形質であり、今のところ遺伝評価成績は公表されていません。したがって、これら2形質については、交配相談システムを利用するため、当組合で独自に遺伝評価しています。また、肢蹄(得点形質)は、前肢と後肢の両方を評価する形質ですが、線形5形質は、すべて後肢とその蹄を評価しています。
表7には、肢蹄に関係する各形質間の遺伝相関を示しました。蹄の角度と蹄踵の厚さの間には、0.889の高い遺伝相関が推定されました。それ以外の遺伝相関は、0.505(肢蹄(得点形質)×後肢側望)から-0.379(後肢側望×蹄踵の厚さ)の範囲にありました。表8には、肢蹄に関係する各形質間の遺伝分散共分散から推定した主成分分析の結果を示しました。第1主成分の寄与率は53%、第2主成分の寄与率は24%でした。第2主成分は第1主成分の寄与率の半分以下に過ぎなく、蹄の角度と蹄踵の厚さの重みが負の値として推定されました。一方、第1主成分は、後肢後望以外の形質において正の重み付けが推定されていることから、肢蹄指数の重みは第1主成分を利用して設定しました。
表9には、中等度(スコア5)が望ましい後肢側望と蹄の角度における種雄牛のSBVに対応する初産娘牛の平均スコアを示しました。後肢側望における娘牛の平均スコアは、SBVゼロにおいて5.2であり、若干負の方へ偏りがあります。また、娘牛平均が中等度(スコア5)に当たるSBVは、-1になります。第1主成分における後肢後望の重みは、中等度が望ましくなるように負の重み付けとして推定されたと考えられます。しかし、単純に後肢側望に対して負の重みを配分すると、SBVが-1以下になる種雄牛も数値が大きくなるので、丁度SBVが-1になるところで数値を折り返すようにして重み付けすることにしました。一方、蹄の角度における娘牛平均は、SBV+3においてスコア5を示し、このことはほとんどの種雄牛(99%)の娘牛平均がスコア5よりも低い角度にあることを示唆しているので、蹄の角度は正の方向へ選抜すべきであり、そのことは第1主成分の重みによって、うまく説明されていると考えられます。
体型得点形質(肢蹄)と線形形質(5形質)との重み配分は、59%:41%であり、半分以上が体型得点形質の肢蹄で説明されています。ここで、肢蹄指数の重み配分は、第1主成分を基礎に推定していますが、蹄の角度と蹄踵の厚さの重みが非常に小さいことから、これらの2形質の重みを各々15%とし、その他の線形形質の重みを調整しました。表10には、第1主成分から推定した調整後の肢蹄指数の重み係数を示しました。線形形質の中で、比較的大きい重みを配分した形質は、後肢後望の14%(0.35×0.41)でした。肢蹄指数は、具体的に以下のとおりです。
肢蹄指数
= 0.59 × SBVFL + 0.41 × (-0.22 × SBVside* + 0.35 × SBVrear + 0.15 × SBVfoot + 0.13 × SBVbone + 0.15 × SBVheel)
ここで、SBV:標準化育種価、FL: 肢蹄(得点形質)、side: 後肢側望、rear: 後肢後望、foot: 蹄の角度、bone:後肢骨質、heel: 蹄踵の厚さ、SBVside* = |SBVside + 1|
体のサイズ指数は誕生年に対して上昇傾向を示していることから、体が大きくなる方向へ改良されていることがわかります。雌牛の乳用性指数は2000年代に入り上昇傾向が顕著にみられます。一方、種雄牛は乳用性の改良傾向が近年、鈍化しているようです。肢蹄指数は特に種雄牛における改良速度が向上しているようにみえます。
北海道ホルスタイン農業協同組合 登録部改良課 河原孝吉・後藤裕作