1.新しい改良情報が交配相談システムにまた追加されました
2.遺伝的に低下を続ける繁殖性
3.繁殖性を表す形質は一つではない
4.形質によっては0.10以上の遺伝率がある
5.遺伝相関は必ずしも±1ではない
6.繁殖性指数で総合的な改良
7.繁殖性の優れた供用可能種雄牛が存在する
8.もっと知りたい方は参考文献へ
ホルスタインの繁殖性の低下は、2000年代に入るころから顕著に見られるようになりました。わが国のホルスタイン集団では泌乳量の潜在能力(遺伝能力)が飛躍的に向上した一方、それを管理する酪農家の技術が追いつかず、特に泌乳最盛期の栄養不足を回避できないことが繁殖性低下の一因といわれていました。しかし、最近では酪農家の飼養技術が泌乳能力の改良スピードに追いつくようになり、高泌乳牛が必ずしも繁殖性の悪い個体であるとは言えなくなっています。
このように高泌乳牛の繁殖性が改善されてきてはいますが、残念ながら全体的に見ると、ホルスタイン集団の繁殖性の低下を完全に食い止めるまでには至っていません。図1には、交配相談システムで利用されている妊娠率と種雄牛の受胎率の遺伝評価値から計算した遺伝的トレンドを示しました。この図からは、繁殖性が毎年、遺伝的に低下していることがわかります。しかも、繁殖性の遺伝的トレンドは、雌牛よりも種雄牛の方が低いレベルで推移しています。より繁殖性の低い種雄牛が供用され、それによって生産された雌牛の繁殖性がさらに押し下げられているように思われます。このような繁殖性の遺伝的低下は、近交係数の上昇によって、悪性劣性遺伝子がホモ化し、不受胎、胚死滅、流産または死産を誘発する遺伝病の表面化が原因ではないかと考えられています。
繁殖性は、様々な角度、様々な方法で測定することができるので、繁殖形質は一種類だけではありません。現在、交配相談システムでは上述した2種類の形質の他に6種類の形質(表1)、合計8種類の繁殖形質の遺伝評価値が利用できます。ここで、初回授精受胎率(SFI)とは、初回の授精で受胎していれば’1’、不受胎であれば’0’というニ値で繁殖性を表現する記録から’1’になる確率(受胎する確率)を遺伝評価したものです。分娩後70日の受胎率(P70)、分娩後90日の受胎率(P90)および分娩後110日の受胎率(P110)の場合は、それぞれ分娩後70日、90日および110日の時点で受精の有無に関係なく、受胎していれば’1’、不受胎であれば’0’という二値のみで測定した記録を使用し、それから受胎の確率を遺伝評価した形質です。
前述した妊娠率と種雄牛の受胎率は各々0.03と0.05、表2に示した授精回数(ISF)やSFIの遺伝率は各々0.05と0.06です。これらの形質は遺伝率が非常に低いので、選抜したとしても世代当たりの改良量が小さく、繁殖性の改良には非常に長い期間が必要になります。一方、空胎日数(DO)、P70、P90およびP110の各繁殖形質は、遺伝率が0.10から0.13の範囲にあるので、ISFやSFIと比較し、2倍程度の速さで改良が進む可能性があります。
遺伝率のみに着目して上述しましたが、今度は各繁殖形質間の遺伝相関を見てみたいと思います。遺伝相関は、表2の下三角の行列で表記されています。6つの繁殖形質の遺伝相関は比較的高く、マイナスの相関では-0.71から-0.93、プラスの相関では+0.73から+0.98の間で推定されています。しかし、これらの遺伝相関は±1.0の範囲内にありますが、-1.0または+1.0の完全相関の関係にはありません。遺伝相関が±1.0ではないということは、それぞれの繁殖形質の育種価で種雄牛を序列した場合、種雄牛の順位がすべての形質で同じにならないことを示唆しています。そうすると、繁殖性で種雄牛を選抜する場合、どの形質を利用すれば、もっとも繁殖性の改良に役立つ種雄牛を効率よく選抜できるかと言う問題が出てくるわけです。
遺伝改良には、遺伝率が高い形質の利用が効率的です。一方、繁殖性の捉え方には人それぞれ若干の違いがあり、例えば発情兆候が少しでも見えたらすぐに授精して、DOを一日でも短縮した方が効率的と考えている生産者もいれば、DOが少しくらい延長しても一回の授精で受胎した方が経済的と考える人もいます。そこで、考え出されたのが、繁殖性を総合的に改良するための指数です。この繁殖性指数は、6つの繁殖形質の遺伝分散共分散を利用し、主成分分析によって開発しました。
繁殖性指数の計算式は、表3に示した基礎数値を使用し、以下のように書き表されます。初めに、各形質の育種価が標準偏差の何倍の数値になるかを計算します。次に、形質ごとに重み係数を掛け算し、合計したものが繁殖性指数になります。DOとISFには、数値が大きくなるほど繁殖性の低下を示す意味で、マイナスの重みが付けられています。その他の形質には、プラスの重みが付けられています。また、DOとISFの育種価は、2005年に生まれた雌牛の平均値をゼロにしていますが、SFI、P70、P90およびP110の育種価は、2005年に生まれた雌牛の平均値がそれぞれ38%、15%、29%および42%に設定されているので、繁殖性指数を計算するときに各平均値を差し引きます。
繁殖性指数 = - 0.08 DO/14.41 - 0.22 ISF/0.30 + 0.08 (SFI - 38)/4.51
+ 0.21 (P70 - 15)/4.28 + 0.20 (P90 - 29)/ 6.56 + 0.21 (P110 - 42)/7.83
表4には、供用可能種雄牛(2013-2月)における繁殖性指数の分布を示しました。また、表5には、供用可能種雄牛(2013-2月)における娘牛妊娠率と種雄牛受胎率の遺伝評価値の分布を示しました。供用可能種雄牛の中には、非常に繁殖性の低いものがいる一方で、繁殖性の改善に役立つ種雄牛も存在することがわかります。なお、このような繁殖性指数の情報は、交配相談システムで見ることができます。
繁殖性指数の作成方法について、詳細に知りたい方は、以下の資料(アジア大洋州畜産学会第15回大会プロシーディング)を参考にしてください。
Estimates of Genetic Parameters for Female Fertility Traits and Development of a Fertility Selection Index in Japanese Holsteins. Proceedings of 15th AAAP Animal Science Congress, S02-PP-094: 2103–2106(PDF 197KB). Thammasat University, Rangsit Campus, Bangkok /Pathum Thani, Thailand, 26-30, November, 2012.
改良部 河原孝吉・後藤裕作
掲載日 2013年 4月15日