昨年の話になりますが、2015年7月に開催されたインターブルの会議の中で、ドイツの研究者からホルスタインの子牛致死に関係するハプロタイプを発見したと報告がありました。このハプロタイプは、コレステロールの欠損(症)に関係するもので、HCD (Haplotype for Cholesterol Deficiency)と呼ばれています。HCDの正式な日本名は、まだありません。このハプロタイプをもつ両親が交配し、ホモの状態で引き継いだ子牛は、生後数ヶ月で死亡します。アメリカやカナダでは、その国内でSNP(一塩基多型)の遺伝子型検査を行った牛にHCDの検査結果を還元しています。ここでは、インターブルの報告、アメリカの農務省そしてカナディアンデイリーネットワーク(CDN)などの報告に基づき、このハプロタイプについて説明したいと思います。


ハプロタイプとは


 詳しい話に入る前に、ハプロタイプについて簡単に説明します。例えば、3頭の牛について、ある染色体の領域をみたとき、下図のような塩基配列であったとします。赤字で示したものはSNPであり、この例では3箇所のSNPが存在します。これらのSNPをひとつのブロックとしたものが、ハプロタイプになります。


図1.染色体とハプロタイプの関係


 ウシは2倍体の生物ですので、29対の常染色体と1対の性染色体(XとY染色体)の合計60本の染色体をもちます。各染色体は、両親から1つずつ引き継ぎますので、基本的にはハプロタイプも同様に引き継ぐことになります。両親から引き継いだ各ハプロタイプが同じ型である場合はホモ、異なる型である場合はヘテロの状態です。劣性遺伝の場合、ある病気の原因となるハプロタイプをホモでもつ牛が病気を発症します。ヘテロでもつ牛は、病気を発症しませんが、その原因となるハプロタイプを保持しているので、キャリア牛または保因牛と呼ばれています。HCDの場合、冒頭で述べたように、そのハプロタイプをホモでもつ牛は早期に死亡しますが、キャリア牛は表面上正常な牛であるので、将来的に繁殖すれば、病気のハプロタイプを子孫に伝達する可能性があります。


発見の経緯


 ドイツのある生産現場において、慢性的な下痢の症状を起こす子牛数頭が見つかりました。この子牛に対し治療処置を施したところ、全く効果が得られず、感染症の検査をしても陰性で、原因が特定できない状況でした。その後、これらの子牛は、生後3週間から6ヵ月の間に発育不全のため死亡してしまいました。ある2つの牧場で生産された双子が、これと同様の症状をもっていました。そこで、なんらかの遺伝的要因が影響しているのでは、と詳細な調査が行われました。調査を進めていくと、11番の染色体にこの致死に影響するハプロタイプがあることを突き止めました。
 ドイツの研究者の報告によると、発病した牛の血中のコレステロールの成分値は、正常な牛と比較して極端に低く、脂質代謝に何らかの異常が起こっていることが推察されます。


表1.発病牛と正常牛の脂質代謝に関わる成分値の比較


HCDの起源牛


 HCDのハプロタイプが判明したわけですが、同じハプロタイプであっても、発症しない正常型と発症する突然変異型の2通りが存在することがわかりました。集団の中に、これらの型のどちらかをもつ個体が混在していたことから、HCDの起源となる牛の追跡は骨の折れる作業であったようです。追跡の結果、カナダの種雄牛のモーリン ストームETが突然変異型、つまりHCDの起源牛であると判明しました。また、正常型の起源は、カナダの種雄牛のウイローホーム マーク アンソニーであることがわかりました。ストームの系統では、以下の表に示した種雄牛がHCDのキャリア牛であることがわかっています。


表2.モーリンストームETの子孫で、HCDハプロタイプのキャリア種雄牛


HCDをホモでもつ確率


 前述したように、HCDのホモの牛は、生後数ヶ月で死亡してしまうため、ホモの個体の出現は、キャリア牛同士の交配のみに限ります。キャリア牛同士の交配では、25%の確率でHCDのホモの個体が誕生します。CDNによると、カナダのホルスタイン集団において2016年に誕生した雌牛のうち12%が、このハプロタイプをもつキャリア牛であろうと試算しています。また、2016年に誕生した子牛のうち、HCDが原因で死亡する子牛の数は約900頭になると見込んでいます。


SNPは遺伝病発見のツールになる


 HCDは、50KベースのSNPを調べることによって明らかになりましたが、過去にもSNPを利用し、HH1やHH2といった多くの好ましくないハプロタイプが発見されています。こうしたハプロタイプは、今後も発見されていくと想像できますが、SNPデータはそういった悪性遺伝子を排除するためのツールとして活用されていくでしょう。


(補足)
 その後の調査により、HCDの原因となる遺伝子が特定されたと報告がありました。将来的に遺伝子検査が可能になれば、容易にキャリア牛を特定することができるので、早期の開発が望まれるところです。


参考資料
1. A new Holstein Haplotype affecting calf survival.
 (http://www.interbull.org/static/web/Kipp.pdf)
2. Holstein Haplotype for Cholesterol Deficiency (HCD).
 (https://www.cdcb.us/reference/changes/HCD_inheritance.pdf)
3. HCD: Haplotype associated with Cholesterol Deficiency
 (https://www.cdn.ca/home.php)
4. Info Holstein November/December 2015
 (https://www.holstein.ca/PublicContent/PDFS/EN/INFO%20HOLSTEIN_EN/2015/IH_11_12_2015_EN.pdf)

改良課・馬場

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