SNP検査は、ゲノミック評価値を推定する以外、不良形質遺伝子の保因調査や血統登録簿の両親を遺伝子レベルで再確認(親子判定)するなど様々な使い道があります。 最近、SNP検査の普及が進むにつれ、血統登録の際に起きる親牛の報告間違いの実態が徐々に見えてきました。



SNPでわかる登録牛の血縁矛盾


 SNP検査を受けるには、日本ホルスタイン登録協会(以下、登録協会という)に検査を申込む方法と家畜改良事業団が乳検組合を通じて実施するalic助成事業による方法があります。 登録協会に直接申込む方法では平成25年8月から平成29年7月末日まで10,026頭の雌牛を検査しましたが、血統矛盾と判定されたものは184頭、全体の1.84%でした(表1)。 ここで、血統矛盾の原因が毛根採取間違いと判定された18頭を除くと実際の血統矛盾率は若干減少します。


表1.北海道支局に申込された雌牛のSNP検査において、血統矛盾を検出した状況とそれに伴う血統調査の状況


 一方、alic助成事業では後検娘牛とその同期牛をSNP検査するので、北海道の牛群検定農家からほぼランダムに抽出されたグループです。 この場合、平成27年度と28年度の2年間分の実績で20,547頭の雌牛がSNP検査を受け、血統矛盾と判定されたものが1,019頭、矛盾率は4.96%でした(表2)。 その中で毛根採取間違いが127頭存在したので、これを差し引くと実際の血統矛盾率は4.34%となり、前者と比較して血統矛盾率が上がります。 前者は種畜生産や個体販売の目的でゲノミック評価成績を望む酪農家が多く、血統登録時の両親の報告には細心の注意を払っていることが窺えます。


表2.alic事業のSNP検査において、血縁矛盾を検出した状況とそれに伴う血統調査の状況


 登録協会では、SNP検査の受付を開始するに当たり、海外の登録協会に対して血統矛盾の実態を問い合わせたことがあります。 回答があった登録協会はオーストラリアとスペインであり、血統矛盾率は各々8%と7%とのことでした。 米国の乳牛集団の場合、正確なことはわかりませんが、ホーズデーリィマン(日本語版)に掲載された記事によると、SNP検査による父牛矛盾率は平均15から20%であり、 親子矛盾率が50%にも及ぶ牛群もあるとのことです。日本の血統矛盾の実態は、これらの国と比較すれば、低い数値レベルにあります。 北海道におけるホルスタインの血統登録は、97%が牛個体識別データバンクに基づく「自動登録」で行なわれています。 血統登録は牛個体識別事業の制度に基づく子牛の出生報告、そして農協・農済や開業獣医師等の正確な授精報告により支えられています。



どうして親子判定の矛盾がわかるのか


 検査機関からSNPの検査結果が届くと、登録協会ではデータベースに格納する前に血統登録簿に記載された両親がSNPの遺伝子型情報と矛盾しないかを調査します。 図1上段の例の場合、本牛の遺伝子型AAは両親が遺伝子Aを持つので矛盾しません。

図1.矛盾の有無

 しかし、下段の例では父牛が遺伝子Aを持たないので本牛の遺伝子型AAは矛盾します。 この事例では1ヵ所のSNPだけで説明しましたが、登録協会における実際の判定では最低でも約100ヵ所のSNPを利用します。 この方法による調査は、父-母-子の三者がSNPを持つ場合に限られます。ところが、実際の親子調査ではほとんどの母牛がSNP検査を受けていないので、この方法はあまり役に立ちません。
 そこで登場するのが血縁行列法です。家系図に基づく血縁行列(A行列)と遺伝子型に基づく血縁行列(G行列)は理論的にほぼ同じ値になります。 ここで、家系図は血統登録簿から、遺伝子型はSNPからわかります。図2はG行列由来の近縁係数を横軸、A行列由来の近縁係数を縦軸にプロットした散布図です。

図2.血縁行列法の散布図

 ここで、近縁係数とは調査の対象となる当該牛と血縁牛間の遺伝的似通いの程度のことです。 G行列から見た両親又は娘(息子)牛の近縁係数は0.5から0.6、祖父母は0.2から0.4、半兄弟は0.2から0.4の範囲です。 A行列の場合、近縁係数は平均的に遺伝子が伝達されるものとして計算されますが、G行列は個体差があるので近縁係数に若干の幅があります。 いずれにしろ理論的にはほぼ同じなので、対角線上の点線に近縁係数が集中するはずです(図2)。
 もし血縁に矛盾があれば対角線上(点線)からプロットが外れます。図3では父牛矛盾のためG行列の近縁係数が0.5より小さくなっています。血縁上の半兄弟も対角線上から外れています。

図3.父牛矛盾

 父牛がSNP検査を受けていなくても、同じ父を持つ半兄弟も対角線上から外れるので、父牛矛盾を知らせてくれます。 また、血縁行列法は正しい両親を見つけるために利用できます。ただし、血縁行列法で見つけた雄牛の授精記録が残っているなど、血統更正の前に登録委員による確認が必要になります。 母牛は自動登録同時SNP検査農家でもない限り、ほとんどがSNP検査を受けていません。しかし、母の父牛(母方祖父牛、MGS)はSNP検査を受けている可能性が高いので、 血縁行列法を利用すればMGSの情報から母方の血統矛盾を明らかにできます。



正しい親が見つからなければ、血統濃度の変更も


 登録事業ではSNP検査の開始以前から血統登録の信頼性を保持する目的で親子判定抜取調査を実施してきました。 これ以外にも、受精卵移植由来の個体を登録する場合も親子判定が必要になりますが、これらはすべて登録申請時に行います。 しかし、SNP検査は登録済み個体が対象になるので、もし正しい親子関係を確定できない場合、一度登録した当該牛をどう処理するか具体的に決めていませんでした。 平成28年6月に登録審議会が開催され、そこで審議された答申に基づき血統矛盾が解決しない場合は、以下に示す取り決めにより処理することになりました。
 まず、SNP検査で血統矛盾が発生した場合、母と子から毛根サンプルを採取することが可能であれば、必ず親子判定を実施してください。もし、親子判定が可能なのにそれを拒否した場合は無条件で当該牛の登録取消または証明取消を行います。
 つぎに、親子判定を実施しますが、その結果に応じて当該牛の親牛を正しく更正します。正しい母牛が判明できない場合は血統濃度50%に更正、父牛不明ならば登録取消になります。 死亡等の理由で血縁牛から毛根採取できず、親子判定ができない場合も血統濃度の更正又は登録取消により処理します。 なお、親子判定料金は2回目まで登録協会で負担することにしていますが、特殊なケース以外2回以内で親子判定が終了するので、実質的には無料と考えて差し支えありません。 ただし、alic助成事業のSNP検査において親子判定が必要な場合は、1回のみ無料となりますので了解しておいてください。



酪農家、授精師、毛根採取者が気を付けること


 酪農家、授精師及び毛根採取者は、血統矛盾を出さないため各々の立場で心掛けなければいけないことがあります。 酪農家は子牛が生まれたら速やかに耳標を装着させ出生報告をしてください。この作業は長くても1週間以内です。耳標の脱落を見つけたら後回しにせず、速やかに再発行の手続きをしてください。
 授精師は、耳標が脱落した牛を見つけたら畜主に装着を促すとともに、授精する場合は畜主の立会いの下で個体確認してください。また、授精時の耳標確認は拡大4桁ではなく10桁で照合するよう心掛けてください。 同一農家で複数の雌牛に授精した時は類似した名号等に気を取られ、供用種雄牛を逆に記帳したりしないよう気を付けてください。 授精記録は台帳への記入にしろ、パソコンに入力するにしろ可能な限り正確に管理することが親牛間違いを回避する基本的な手段です。
 毛根採取者は、耳標の脱落又は未装着の牛から毛根採取をしないのが原則です。耳標の確認は10桁で行い、くれぐれも牛間違いに気を付けてください。 血統に間違いがなくても、毛根採取した牛を間違えればゲノミック評価が遅くなります。



正しい親子を効率的に見つけるには


 自動登録同時SNP検査の利点は、血統登録証明書の発行とともにSNP検査を全牛行うことができるので、数年続ければほとんどの牛がSNP検査済になることです。 もし、SNP検査で血統矛盾と判定された場合でも、牛群内のすべての牛がSNP検査済であれば、すぐに正しい親牛を探し出すことができます。 自動登録同時SNP検査の農家では、血統矛盾を早く解決し、ゲノミック評価結果を早く見ることができます。

表3.血統矛盾の検出状況と血統調査の地区別状況


北海道ホルスタイン農業協同組合


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