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平成17年度
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第38回
宇都宮賞受賞者決定
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酪農経営の部
酪農指導の部
乳牛改良の部 |
広尾町
別海町
富良野市 |
角 倉 光 記 様
佐 野 力 三 様
三 好 孝 行 様 |
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宇都宮仙太郎翁顕彰会(理事長;黒澤信次郎)では、かねてから選考中の本年度表彰者について、1月16日(月)理事会・評議員会を開催し、酪農経営の部1人、酪農指導の部1人、乳牛改良の部1人を決定いたしました。
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酪農経営の部
角 倉 光 記 様 |
酪農指導の部
佐 野 力 三 様 |
乳牛改良の部
三 好 孝 行 様 |
角倉光記様は、昭和52年にカナダでの4年間の酪農実習を経て、広尾町に新規就農者として入植、北米で培った経験を生かし乳牛改良の重要性と仲間づくりの必要性を認識し、「優良な経営は優良な乳牛から」をモットーに弛まぬ牛群の遺伝的改良に取組み、経産牛1頭当たり乳量で、過去6ヵ年連続10,000kg以上を安定的に維持する牛群となった。
また、「家族経営を核とした経営の可能性の追求」をモットーに経営に対する極めて旺盛な探究心と自ら実践して得たノウハウを町内はもとより十勝全体に広めている功績は極めて大きく、特に地域全体の購入飼料経費の大幅な軽減や地域内の先駆的なTMR給与の試行と普及拡大さらには地域コントラクター組織の立ち上げ、条件不利地でのマルチ栽培等の先進技術を意欲的に取入れるなど功績は高く評価される。
加えて就農から20年でメガファームとして平成9年には(有)ミックランデーリィを設立し、家族経営における一戸一法人の礎を築き上げ外部労力(パート)の導入による地域の雇用対策にも貢献している。
平成4年に指導農業士に認定され、酪農経営のリーダーとして町内農業後継者や新規就農者を育成し、南十勝酪農ヘルパー組合役員を務めるとともに、現在、広尾町農協組合長代行理事として、さらには十勝乳牛改良同志会連合会長として地域農業発展に多大なる貢献をされております。
佐野力三様は、昭和25年別海村役場に奉職後、一貫して地域農業の基幹である酪農経営の振興に向けて、多くの支援事業の推進に積極的に努めてこられました。なかでも、戦後復興と食糧増産に向けて取組まれた開拓事業や、北海道酪農の専業化のモデルとなった昭和30年開始の根釧パイロットファーム、更には酪農の大規模化と効率的生産に向けた新酪農村の建設事業においては、その推進役としての功績は極めて大きなものがあります。
また、昭和62年4月に別海町長として就任後も、北海道酪農への貢献は更に大きな広がりと力を発揮し、同年、北海道土地改良事業団体連合会の理事に就任し、草地改良事業の推進役を務め現在ではその副会長の職にある。さらに北海道町村会農政常任委員会の常任副委員長として、北海道酪農の発展の舵取り役を務めている。
昭和62年12月には「北海道の酪農を守る町村長会議」の会長、さらには「根室地域家畜伝染病自衛防疫推進協議会」の会長に就任して現在に至っている。
最近では、酪農後継者養成のため別海町酪農研修牧場の設立に力を注ぐとともに、「別海町酪農・乳製品トレーサビリティシステム協議会」の会長として牛乳の安全・安心な生産への取り組み、さらには情報化時代に対応した酪農家のIT化にも道内では先駆的に取組んでいる等、地域はもとより本道酪農の発展に果たした貢献と功績は極めて高いものがあります。
三好孝行様は、昭和42年酪農学園機農高校を卒業と同時に父の経営する酪農に従事、高校時代より乳牛改良に意欲を持ち続け29歳の若さで上川ホルスタイン協議会の役員に就任した。平成元年北海道ホルスタイン農協理事に就任後も、共進会や酪農後継者育成のために果たした役割は大きなものがある。
乳牛の遺伝的改良については、氏のライフワークとして取組んでおり、三好牧場の体型・能力のバランスの良さは、北海道屈指であり、牛群の遺伝的改良情報の雌牛の平均NTPにおいては+957であり、全国平均+53に比較し非常に優れた牛群であることを示している。
最近公表された全国雌牛上位100頭の中で、氏の所有する雌牛が24頭ランクインし、これら雌牛は、国内の優秀な遺伝子を確保し乳牛改良を国産牛で実践している我が国にとって、極めて重要な資源となっているなどエリートカウの作出と維持に努力している功績は極めて大きいものがある。
このように北海道乳牛の遺伝的改良の目指すべき方向性を示し、乳牛改良の牽引役として多大なる貢献をしております。
表彰式は、3月1日(水)札幌パークホテルで開催されます。
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「平成17年牛乳生産費統計」から
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農林水産省では我が国酪農の安定的な発展を図るため、「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」、「家畜改良増殖目標」等の畜産振興に係る各種方針を本年3月に公表したところであり、今後はこれらの基本方針等に即して、各般の施策を的確に推進していくこととしている。酪農の安定的な発展のためには、生産性の向上により生産コストの低減を図ることが重要である。
10月31日に農林水産省統計部から公表された「平成17年牛乳生産費統計」によると、経産牛1頭当たり所得は対前年4.9%減(平成16年:227,545円、平成17年:216,468円)となっている。
これは飼料価格の上昇から飼料費が増加した(対前年3.2%増。平成16年:285,141円、平成17年:294,268円)ことなどによるためであり、生産コスト低減には自給飼料増産が重要だと思われる。
しかしその基本になるのが、乳用牛改良の推進とともに能力を最大限に発揮させる飼養管理技術の向上を図ることである。
ここでは、個体能力の向上がいかに生産性の向上にとって重要であるか、牛群の平均乳量の差が生乳生産コスト及び収益性に及ぼす影響について、「平成17年牛乳生産費統計」をもとに組み替え集計した結果から見てみよう。
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図は、乳量階層別に経産牛1頭当たりの平均乳量(乳脂率3.5%換算)と経産牛1頭当たりの平均粗収益及び支出との関係について示したものである。これを見ると平均乳量が増加するに伴い、粗収益、支出ともに増加しているが、右にいくほど粗収益の増加額が支出の増加額を上回っており、平均乳量が多い酪農家ほど収益性(所得)が高いことがわかる。
具体的な数字を挙げてみると、全国の経産牛1頭当たり平均乳量である8,000~9,000キロの階層に比べ、牛群検定牛の経産牛1頭当たり平均乳量である10,000キロ以上の階層では、1頭当たり支出が8万5千円増加しているものの、粗収益が16万9千円増加していることから、結果として所得は18万9千円から27万3千円へと約44%増加している。
また、1,000万円の所得を得るために必要な乳用牛(経産牛)頭数を計算すると、平均乳量が8,000~9,000キロの階層では53頭必要となるが、10,000キロ以上の階層では37頭となり約7割程度の頭数で間に合うことがわかる。
同様に出荷乳量を300トンと限定した場合に必要な経産牛頭数について計算すると、8,000~9,000キロの階層では35頭必要であるのに対し、10,000キロ以上の階層では28頭で間に合い、所得も増加する傾向が見られる。
以上のように、1頭当たり乳量の増加により生産の向上を図ることは、酪農経営において、所得の向上などに大きく寄与しており、乳量を伸ばすこと、すなわち、登録、牛群検定、後代検定による効果的な牛群の改良を進めることにより、乳用牛の遺伝的能力を高め、その能力に見合った飼養管理を推進していくことが、いかに重要なことであるかがわかる。
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・グラフ内数値は千円未満四捨五入(1日当たり所得は除く)
・表内「出荷乳量300tとしたときの経産牛必要頭数と所得」の所得金額は万円未満四捨五入
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平成18年度の審査日程決まる
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平成18年度の牛群審査及び乳用種雄牛の後代検定対象娘牛と、その同期牛の体型調査を下表に基づき実施いたします。
牛群審査につきましては、最寄の登録取扱団体にお申込みください。
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平成18年度 牛群審査・体型調査 予定表 |
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(年4回実施)
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地 区
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班
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区分
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A日程
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B日程
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市町村 及び 団体
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石 狩
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前期
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4/3~4/14
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6/19~6/30
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全 管 内
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後期
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10/2~10/13
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1/15~1/26
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空 知
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前期
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4/3~4/14
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6/19~6/30
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全 管 内
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後期
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10/2~10/13
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1/15~1/26
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上 川
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前期
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4/17~4/28
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7/3~7/14
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全 管 内
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後期
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10/16~10/27
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1/29~2/9
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後志・渡島・檜山
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前期
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4/17~4/28
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7/3~7/14
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全 管 内
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後期
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10/16~10/27
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1/29~2/9
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胆振・日高
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前期
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6/5~6/16
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8/28~9/8
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全 管 内
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後期
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11/27~12/8
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2/26~3/9
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十 勝
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1
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前期
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4/17~4/28
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7/3~7/14
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新得・清水・芽室・鹿追 |
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後期
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10/16~10/27
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1/29~2/9
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2
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前期
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4/3~4/14
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6/19~6/30
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上士幌・士幌・本別・豊頃・浦幌・陸別・足寄 |
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後期
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10/2~10/13
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1/15~1/26
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3
|
前期
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5/8~5/19
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7/18~7/29
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中札内・更別・大樹・広尾・忠類 |
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後期
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11/6~11/17
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2/13~2/24
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4
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前期
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6/5~6/16
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8/28~9/8
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帯広・川西・大正・音更・木野・高島・池田・幕別・札内 |
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後期
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11/27~12/8
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2/26~3/9
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釧 路
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1
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前期
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5/8~5/19
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7/18~7/29
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弟子屈・標茶・浜中・厚岸 |
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後期
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11/6~11/17
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2/13~2/24
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2
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前期
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4/17~4/28
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7/3~7/14
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釧路・阿寒・鶴居・幌呂・白糠・音別 |
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後期
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10/16~10/27
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1/29~2/9
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根 室
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1
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前期
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5/8~5/19
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7/18~7/29
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根室・別海・標津 |
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後期
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11/6~11/17
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2/13~2/24
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2
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前期
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4/3~4/14
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6/19~6/30
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西春別・中標津・計根別 |
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後期
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10/2~10/13
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1/15~1/26
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3
|
前期
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6/5~6/16
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8/28~9/8
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上春別・中春別・計根別(一部) |
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後期
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11/27~12/8
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2/26~3/9
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網 走
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1
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前期
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6/5~6/16
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8/28~9/8
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網走・佐呂間・常呂・東藻琴・斜里・小清水・清里 |
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後期
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11/27~12/8
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2/26~3/9
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2
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前期
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4/3~4/14
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6/19~6/30
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紋別・上渚滑・雄武・興部・滝上・西興部 |
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後期
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10/2~10/13
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1/15~1/26
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3
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前期
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5/8~5/19
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7/18~7/29
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北見・相内・上常呂・置戸・訓子府・端野・美幌・女満別・津別 |
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後期
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11/6~11/17
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2/13~2/24
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4
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前期
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4/17~4/28
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7/3~7/14
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丸瀬布・遠軽・上湧別・湧別・芭露・生田原・白滝・留辺蘂・温根湯 |
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後期
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10/16~10/27
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1/29~2/9
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宗 谷
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前期
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6/5~6/16
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8/28~9/8
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全 管 内
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後期
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11/27~12/8
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2/26~3/9
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留 萌
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前期
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5/8~5/19
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7/18~7/29
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全 管 内
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後期
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11/6~11/17
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2/13~2/24
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基本申込・初回の受検時期*****2回目以降受検可能時期
前年度後期A日程----------今年度前期A日程
〃 後期B日程----------今年度前期A・B日程
今年度前期A日程----------今年度前期B日程・後期A日程
〃 前期B日程----------今年度後期A・B日程
〃 後期A日程----------今年度後期B日程・次年度前期A日程
〃 後期B日程----------次年度前期A・B日程
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ひとこと
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昨年の夏、約3年ぶりに帰省しました。私の生まれた町は、広島県尾道市です。
かつては海運や造船で栄えていたこの町も、現在は海岸沿いにわずかにその面影を残すのみで、ここ十数年は、映画のロケ地や古いお寺が多い観光地として有名になってきました。
さて、午後の飛行機に乗って、夕方実家に到着し、リビングで一息ついて、窓の外に見えるなじみの風景を眺めていました。すると、実家の近くにある造船所に船体が見えました。しかし、その造船所は何年も前に廃止になっていて、船など造っていないはず。不審に思い母親に聞いたところ、先日まで映画の撮影に使われていた、戦艦大和のロケセットだということでした。
今は撮影も終了していて、一般公開されているということなので、私も妻と両親を連れて見に行きました。
1/1スケールの戦艦大和、どんなすごいロケセットかと心躍らせて、旧造船所のゲートをくぐりました。そして、造船ドックに入った私の目を奪ったものは、空っぽのドックの中にわずかに残っている古い造船設備でした。
特に造船用のクレーンや水門などは、子供の頃から日常の風景でしたが、遠くから眺めるだけの施設でした。視点が変わると見方が変わる。
外側からしか見ることができなかったクレーンの下にある造船設備、水門の内側にある修理用ドック。もちろんこの歳になれば、そこにあったものは想像に難くない。けれど、このだだっ広い造船所で、紛れもなく何隻もの船が建造され、私の子供の頃のこの町を支えていたのです。その実物にふれることは、とても感慨深いものでした。
生まれたときからこの町に住んでいる母親も、造船所に入るのは初めてだそうで、同じことを感じていたようでした。
ところで本題の戦艦大和ですが、なかなか見事なロケセットでした。
大部分は、ベニヤ板にペンキが塗ってある程度のものでしたが、細かいところもきっちり再現されていました。正面から見上げる船首と主砲の大きさは圧巻でした。
撮影で使った大道具・小道具や衣装なども展示され、メイキング映像も放映されていて見所の多いロケセットでした。しかし、そこに展示されているものは、映画の華やかさを見せるものではなく、戦争の凄惨さと平和の大切さを訴えるものでした。
今回の帰省は、故郷への思いと平和を願う気持ちを改めて思い起こさせられる旅でした。 |
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(Y.GOTOH)
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