高等登録牛・保証血統登録牛:審査得点・検定能力が基準を満たし登録証明されたもの
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| その中でも素晴らしい成績を収めたのは、札幌市厚別町(当時)の宇都宮牧場出品牛で、母牛と息子牛で名誉賞受賞に輝きました。そして、この母牛の父牛は第3回全共の名誉賞受賞牛で、その父牛の息子牛は第4回の名誉賞受賞牛であり、雄牛の部の名誉賞は第2回~第5回まで4回連続で宇都宮牧場が受賞しています。さらに、第1回~第5回までのホ種系と系統群を除く名誉賞数14点のうち7点が宇都宮牧場の受賞でした。ちょっとややこしい説明になりましたね。表にすると以下の通りになります。 |

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第3回雄牛名誉賞牛 カードア ウオーカー
1959(昭和34年).3.23生 当時2才0月 |
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| ↓娘 |
第5回経産牛名誉賞牛 2 スカイラーク サイクロン オームスビー
1962(昭和37年).10.11生 当時8才1月 |
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| ↓息子 |
第5回雄牛名誉賞牛 センーミヤ ダブル チヤンピオン
1969(昭和44年).3.25生 当時1才7月 |
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雄牛名誉賞牛の名号のとおり、ダブルチャンピオンの栄誉に輝いた宇都宮牧場でした。
なお、第1回全共から設けられていた雄牛の部については、この第5回を以って廃止となりました。 |
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〔人工授精の歴史〕
第5回全共が行われた1970年代、人工授精の新たな技術の実用化と発展がありました。それは、液状精液から凍結精液への移行でした。1頭の種雄牛からの娘牛生産は、凍結精液の出現により、限られた地域から全国各地へと広がり、その頭数は2~3桁の数から4~5桁の数へ拡大するという大きな変化の時を迎えていました。
日本での人工授精の始まりは、今から100年ほど前の1910年代(明治末)に遡ります。その対象となったのは、牛ではなく馬へのもので、当時、軍馬として飼育生産する法律が定められ、その制度は随時整備された中で、軍への徴用のために育種改良と増殖を積極的に進めなければならない状況が背景にありました。
1930年(昭和初期)代には、牛・綿羊・山羊・豚・兎などにその研究と繁殖の応用がされており、ある地域では生殖器伝染病の予防のために牛への人工授精が行われた記録がありますが、その普及については全国的規模にはまだ至っていませんでした。第2次世界大戦終戦と同時に、軍馬育成に関する法律が廃止され、馬の頭数が急激に減少し、それに伴い人工授精の頭数も激減してしまいましたが、それとは逆に、牛への人工授精の頭数は増加を始めており、1950年(昭和25年)に家畜改良増殖法の公布を得て、人工授精の基盤が確立され、以降の飛躍的な発展と普及を迎えるに至りました。また、凍結精液に係る研究もこの頃から行なわれており、1965年(昭和40年)前後には液体窒素による-195℃の急速凍結と保存の技術が実用化し、第5回全共が開催された1970年(昭和45年)代に入り、人工授精のほとんどが液状精液から凍結精液によるものに切り替えられました。 |
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凍結精液の出現により、時間と距離の制約が無くなり、利用効率に飛躍的な向上をもたらし、都道府県単位で行われていた改良事業は全国規模の事業へと発展を促すことにもなりました。この後、種雄牛が集約された広域種雄牛センターの設置、牛群検定の普及、後代検定の実現などを柱とする「乳用牛改良組織整備事業」が施策され、今日に至っています。
第1回の全共を返り見ると、ホ種系として乳役両用牛の出品があり、その重要性と今後の発展を望む講評が述べられていましたが、その『役牛』が、乳生産を求めた『乳牛』や、肉質を求めた『肉牛』へと変化(改良)を成し遂げたのは、人工授精とともに凍結精液が用いられたことがその大きな要因といえるでしょう。
ここで、第1回~第12回全共までの各出品頭数とその父牛の頭数を集計してみました。 |
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出場頭数に比べ、その父牛の頭数は1970年(昭和45年)の第5回全共以降少なくなっています。先の説明のとおりの結果となっております。第5回全共は、群雄割拠の時代から、少数精鋭の時代に移り変わて行く様子が窺えます。
〔生まれた時から言葉を教える〕
第3回~第5回全共に連続出場し、第5回では未経産の部で、北海道を除く都府県出品牛の最上位の優等賞を獲得した千葉県:大小原安子さんの微笑ましいインタビューがデーリィマン誌に掲載されていましたので紹介します。
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第3回~第5回に出場させていただいてほんとうに喜んでいます。私は主人と二人で改良について話しますが、牛に関しては良い競争相手です。この系統の牛ならばこれくらいのものに仕上げなくてはいけないというように、一頭ごとに目標をもっています。
共進会に出す牛については、生まれた時から言葉を教え込みます。第3回(雄牛を出品)の時に、調教では日本一だと藤本審査員(藤本寅之助氏)にほめられました。
こんどは、言葉で耳を立てられるようになりました。
私は、牛に愛情で接するように心がけています。子供より言うことを聞くようですよ。
今回くらいで卒業しようかとも思っていたのですが、こんな栄誉もいただきましたし、周囲もすすめてくれますので、まだまだ続けることになりそうです。 |
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| ほのぼのとした喜びの言葉ですね。大小原さんの上位入賞に際しては、当組合より副賞として育成牛が贈呈されました。(時価150万円相当、2頭の育成牛が副賞として供された)大緊張の連続であった審査(個体審査と3回の比較審査)の後に、上位入賞が待ち構えていて、さらにビックプレゼントが渡された瞬間の喜びは、果たしてどれほどのものだったのでしょうか。 |
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育成牛が贈呈され、観衆に手を振って喜びを表す大小原安子さん
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〔セリ落とし金額2億円〕
海外のビックショウや北海道のナショナルショウでは、付帯行事として優良雌牛のセールが開催されていますが、この第5回全共でもアメリカ・カナダ方式のセールが行われました。
その落札価格は、何と! 2億円!! セリ落とされた金額に、セール会場を埋めた観衆からは大喝采が湧き上がったとの記録がありました。 |

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| といっても、これは模擬セールとのことで、当組合と㈱野沢組の共催によるデモンストレーションでした。(楽しそうですね!) |
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| 【1970年(昭和45年)】 |
| [出来事] |
・赤軍派よど号事件
・大阪万博
・三島由紀夫切腹事件
・光化学スモッグ |
| [政 治] |
佐藤栄作総理大臣長期政権:連続在任期間歴代総理中最長7年8ヵ月=1964年(昭39.11)~1972年(昭47.7) |
| [経 済] |
経済成長率 11.2% |
| [世 相] |
・不幸の手紙
・歩行者天国
・マイカー時代 |
| [う た] |
・圭子の夢は夜ひらく
・ドリフのズンドコ節
・傷だらけの人生
・走れコウタロー
・老人と子供のポルカ
・黒ネコのタンゴ |
| [物 価] |
・牛乳 |
25円 |
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| ・ビール |
140円 |
| ・かけそば |
100円 |
| ・米10㎏ |
2千円 |
| ・封書 |
15円 |
| ・はがき |
7円 |
| ・トヨタセリカ |
57万円 |
| ・初任給 |
4万円 |
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